ユーロ・ダンス・インプレッション

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©Herman Sorgeloos

見逃したくない公演のひとつがピーピング・トム。ここまでやるかの辛辣なブラックユーモアに浸りたいから。背筋がぞくっとするほどの毒にハマったらもう抜けられない。前作の「ファーザー」に続き、今回はガブリエラ・カリーソによる「マザー」。「ファーザー」がフランク・シャルティエの振り付けだったから、今回は女性のカリーソが母親像を描くわけだ。
一筋の光が差し込んでいる暗い部屋に響く心電図のピピッピーという音、苦しそうな呼吸が聞こえるたびに一歩、また一歩と集中治療室に近寄る家族。そして訪れた静けさ。こんな重い始まりが、あらぬ方向に進んでいく。掃除道具から滴り落ちた床の水たまりに溺れる女、たまった水の上を歩くピチャピチャという足音に、ふと見上げれば肖像画から涙が流れている。ここはどこ? 病院、それとも美術館、それとも…? 棺桶の上でポーズをとる生きた人間の裸体像、それを人目を憚りながら愛撫する掃除婦。絵画の中に手が引き込まれるやら、血が流れるやら。夢なのだか現実なのだかさっぱりわからない。異常に手が長い女の下腹部は血で赤く染まり、自動販売機の奥は子宮につながっているらしい。ガラスの箱に入った乳児をあやす両親がいれば、子供をあやしながらあたりまえのように宙返りをする母親、家具を蹴り散らし、暴力を振るう反抗期の息子にオロオロする父親と、それを遠くから見守る祖父。ここでは何が起こっても不思議はない。カフカの世界、それとも安部公房? 突拍子もない展開に笑ってしまうけれど、笑った後でズシっとくるのは、そこに現代社会が抱える問題が見えるから。いや、現代以前の遥か昔から人が抱える心の歪みかもしれない。そして、生と死。生きることの尊厳と、それを失うことの厳しさ、悲しさ。笑いながらも笑い飛ばせないものが心に突き刺さっていく。またしてもピーピング・トムの毒気にやられてしまった。(1月26日MACクレテイユ/Théâtre delà Ville提携公演)

これの前作に当たる「ファーザー」がまもなく日本に上陸する。「ファーザー」「マザー」ときて、次作は「子供」だそうだ。この3部作の最初となる「ファーザー」、お見逃しなく。
2月27日〜3月1日 世田谷パブリックシアター
3月5日 松本市民・芸術館
3月12日穂の国とよはし芸術劇場
3月15日兵庫県立芸術文化センター
3月18日滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール
詳細などに関しては、各劇場にお問い合わせください。


©Herman Sorgeloos


©Sankai Jyuku

昨年6月に見ていたが、再度。以前に日本から来た人に羨ましがられた。「日本では公演回数は少ないし、すぐに売り切れてしまうから、日本で見ることはほとんど不可能」。フランスに住んでいてよかったことのひとつに挙げられるかもしれない。今年は1月から2月まで欧州ツアーで、今回所見したのは、フランス中央部のクレルモン・フェラン。
生の舞台は面白い。見るたびに違うものが見えてくるから。それにモニターでは感じられないエネルギーが感じられる。4人のダンサーによる生命の誕生を彷彿させる幕開きも良かったが、そのあとに出てきた天倪牛大の存在感は格別だ。ゆっくりと舞台を横切りながら伸ばした手先から1本の線が伸びて、それに導かれるように進んで行く。山海塾の世界に一気に引き込まれた瞬間だった。今更作品の解説はしないが、天倪が客席に向かって手を広げれば、偉大なる母のように会場を包み込み、我々は抱かれ、それはもう宇宙空間なのだった。舞台照明とは思えないような、そこに本当に真っ青な海が広がっているような神秘的な色をたたえた青い海は、母の胎内にいるような心地よい広がりを持ち、寛大に全てを受け入れているように感じる。一方の赤のシーンは、火山の噴火か、火事か、血か、あるいは祭りに狂喜する人々の興奮とも見える。そして、岩肌を連想させるゴツゴツしたグレーの壁。柔らかさと硬さ、静けさと騒がしさ、絵画のようでいて、そこには生きている私たちの世界が広がっている。
公演前に「天倪牛大 その美学」と題されたドキュメンタリー映画が無料上映された。これは「金柑少年」をベースに作られたドキュメンタリー映画で、1993年のパリ公演の模様が映し出されている。古い映画だったが天倪の言葉が新鮮に耳に残った。羊水に浮いていた赤ん坊が、生まれれば寝かされて、やがて座り、四つん這いになり、そして立つ。時に片足で立つこともある。このように、人はだんだんに小さな面積で立つようになる。これが天倪のダンスの基本だという。そんなことを思い出しながら「生きること、生きていること」を改めて感じながら山海塾の世界に浸った。さざ波がゆっくりと舞台に向かうように拍手が巻き起こり、それはいつまでも続いた。(1月24日クレルモン・フェランLa Comédie劇場)


©Sankai Jyuku


©Gregory Lorenzutti

作品の予告編を見て行くのをためらったのだけれど、行ったらめちゃ面白かった。 ダンス作品としての構成が良かったからで、作品の一部だけをモニターで見ても、実際に見に行かないと全容はわからないということなのだ。
客席の左右の高いところと舞台正面の照明室の上にスクリーン。そこに1950年にルドルフ・マテによるサスペンス映画「D・O・A」が映し出される。映画そっくりのシーンをダンサーが演じている。主人公がいて、その彼女がいて。映画と一寸違わぬ口パクは見事。ただ少し変わっているのは、ダンサーたちが常に正面のスクリーンを見ながら演技していることで、キスも顔を正面に向けたまま口をひん曲げてするし、カメラのアングルが変わるたびにぴょこっと飛んで向きを変えるのがお茶目で、 会場からは笑いが漏れていた。この物真似シーンが最後まで続くのかと心配したが、さすがゲラン。ホリゾントやダンサーに当てられた照明とビデオが細やかな演出を見せ始めると、心理や状況描写のダンスとなる。古い映画を思い起こさせるシミや砂の嵐のような映像、微妙に変化するホリゾントの色が映画に負けじと舞台効果を高めている。この演出が憎らしいほどうまい。振り付けも脚本を離れて不安や安堵、ドキドキ感を表すような動きと構成になるが、突然音声が切れてダンサー自身がセリフを言ったり効果音を出すなど、抽象と具象を取り混ぜた変化のある構成で1時間半弱があっという間だった。ただ、サソペンス映画のインパクトは強く、つい映画にのめり込んで舞台から目が離れてしまうことが度々あり、後で知ったことだが、この映画はyoutubeで見られるので、事前に見てストーリーを頭に入れてから舞台を見る方が面白いと思う。(1月27日アベス劇場)


©Gregory Lorenzutti


©Pierre Planchenault

25周年を迎えたフェスティバル・シューレーヌ・シテ・ダンスは、いつにもまして元気だ。それなのに所用で1作品しか見られず、残念な思いをしている。たった1作品しか見られなかったけれど、いっぱい元気をもらってきた。
繊細なヒップホップ作品を作っているアントニー・エジェアは、ローラン・プティの「旅芸人」(1945)を現代版に再生。客席をオーケストラに見立てて、指揮者に扮したエジェアがタクトを振って物語は始まる。音楽もオリジナルのヘンリ・ソウゲ版をリモージュ・オペラ座交響楽団が演奏したものと、舞踊家+DJのフランク・2・ルイズが編曲したものを混ぜ込んだから、レトロっぽいのに流行りのヒップホップで、このバランスがなかなか面白い。舞台の準備をするDJのエレクトリックな音楽の後に出てきたダンサーたちは、オーケストラ演奏に合わせてゆったりと踊り、しばらくするとリズミカルな編曲に合わせて元気に飛び跳ねる。ヒップホップ特有の一発芸お披露目シーンもあるし、もちろんユニゾンもある。身体の一部がくっついたふたりのダンスに、チュチュを着たお姫様やピエロもいて、登場人物も衣装も似ているようでちょっと違う。ムーブメントもストリートヒップホップにコンテンポラリーダンスに演劇が入り込むけれど、やっぱりベースはプティの「旅芸人」。プティの匂いがしっかり残っている。紐スクリーンのホリゾントを利用してのトリックや出入りはよくある手法だけれど、硬質の素材なのか、ブランコのように揺らすと微妙な影が揺れて、不思議な雰囲気をもたらしている。こうしてちょっとミステリアスで楽しい大道芸のイベントは客席にまで及び、最後は「お金ちょうだい!」と会場を走り回るダンサーたち。でも、一銭ももらえなくてがっくりする一団。哀愁を帯びた旅芸人たちの背中は昔も今も変わらない。新しい物好きだったローラン・プティは、この作品を天国から見て喜んでいることだろう。(1月31日フェスティバル・シューレーヌ・シテ・ダンス)


©Pierre Planchenault


©Nina-Flore Hernandez

ここ数年精力的に活動を始めたタチアナ・ジュリアン。以前にアヴィニヨン・オフでそのソロを見て、基礎のしっかりした、どちらかというとモダンダンス的な作品に好感を持ったのを記憶している。ダンスとオペラを交えた作品ということで期待して見に行ったのだが、消化不良を起こしてしまった。
サスペンス仕立てのストーリーのようで、暗闇の中を逃げ隠れするような男が手にしたピストルが、黒子が手にしたライトの光で時折不気味に光っている。この男がカウンターテノール歌手で、演技をしながら歌っている。ここに女性の声がかぶるのだが、もうひとり歌手がいるのかと舞台を探してしまったのも、私が集中に欠けた原因のひとつ。そのあとの驚きはダンサーのレベルだった。ジュリアンは優れたダンサーで、トマ・ルブランなどの作品に出演しているお墨付きのダンサー。そのレベルを期待したのがよくなかったのかもしれない。私にはタチアナ以外の4人のダンサーがアマチュアにしか見えなかった。いや、アマチュアでも構わないのだが、そのレベルに見合わないムーブメントだったのだと思う。動きがしっくりこない。あえてジュリアンを追うようにして見たのだが、冒頭でピストルを持っていた主人公の精神的存在を表す役と記載されていたが、ふたりの関係が明確に見えて来ず、いきなり最後に頭をピストルで撃ち抜かれるという衝撃的なシーンに驚くばかりだった。何が良くなかったのか、私の期待が大きすぎたせいだろうか。でも、私はジュリアンの才能はまだ磨かれていないだけだと信じている。(1月30日Théâtre de la cité international)


©Nina-Flore Hernandez

フェスティバル・イヴェルナル

アヴィニヨンの振り付け拡張センター/CDC Les Hivernalesの冬のフェスティバルが2月6日から25日まで開催される。夏とはうって変わって静かなアヴィニヨンでダンス三昧するのもいい。もちろん見るだけでなく、ワークショップもある。今年39回目を迎えたフェスティバルの演目はディレクターが代わったからか、強力で話題の振り付け家作品がずらり。
オープニングがカロリン・カールソンの「シーズ」。小坂谷知夏、イスマエラ、アレクシス・オシンと漫画のエリックスによるヒューマン作品で、子供から大人まで楽しめる。静かに、でも深く心理を描くイヴァン・アレクサンドル、2016年の(Re)connaissancesコンクールで一位と観客賞をダブル受賞したプロダクションNaiFの受賞作品、超売れっ子クリスチャン・リゾー、ヒップホップ・コンテンポラリーのアマラ・ディアノール、動きのコンビネーションがめちゃくちゃ面白いクリスチャンとフランソワ・ベン・アイム、心の暗を描くナン・マルタン、音楽とダンスノァイブミックス、クビライカーン・アンヴェスティガシオン、和洋折衷風味のカンパニー・S.I.F.T.S.、超ミニマルダンスのミリアム・グーフィンク、マルセイユバレエ団のディレクターに就任したエミオ・グレコ。私の沖に李作家をあげただけでこれだけいる。これ以外にも若手の才能溢れる振付家の作品が上演される。北の寒さを逃れて南で踊るのも悪くない。下記URLで作品の罰すが見られます。

http://www.hivernales-avignon.com


勅使川原三郎パリで新作発表

2月23日から3月3日まで、パリ国立シャイヨー劇場にて、新作「Flexible Silence」を発表する。武満徹、オリヴィエ・メシアンの曲を、現代音楽専門の室内楽オーケストラ、アンサンブル・アンテルコンタンポランのソリスト6人が生演奏し、6人のダンサーが踊る。「二人とも研ぎ澄まされた音階を作り出し、ある意味で自然を感じさせてくれる。武満には、空間と自然が出会うような独特な世界があり、肉体的なものも感じられる。これが私を作品に導いてくれます。メシアンの曲はすでに「鏡と音楽」で使用していますが、時の流れに対する新たな感覚を呼び起こしてくれます。その場で生まれては消えていく彫刻のようです」と語る勅使川原。の新作が期待できる。アンサンブル・アンテルコンタンポランとは、2015年に藤倉大とのオペラ「ソラリス」を演奏しており、お互いの波長を知っての共演に期待がかかる。

1月のカラス・アパラタスでのアップデイトダンスを終えて、2月1〜3日にはフランス・ナントでのラ・フォル・ジュルネでバイオリニストの庄司紗矢香との新作、9〜10日はマルセイユ近郊のマルティーグ・サラン劇場にて「睡眠」(2014年)をベースにした新作「Sleeping Water」を発表し、その後にパリでまた別の新作を発表するエネルギーに驚いたが、3月にはオペラ「魔笛」を演出し、それが終われば再びアップデイトダンス「音楽の絵本」と、新たなプロジェクトが切りなく組まれている。8月に日本で新作、そして10月にはパリ・オペラ座で新作を発表するという。新たなものを追求して踊り、創作する。いったいどこにそれだけのエネルギーが隠れているのか、ただただ脱帽するのみ。


©Akihito Abe


ビエンナーレ・ヴァル・ド・マルヌ

パリの隣の94県にあるCDCラ・ブリケットリーで、ダンスビエンナーレが3月1日から4月1日まで開催される。マリー・シュイナーがオープニングを飾り、セシリア・ベンゴレアとフランソワー・セニョー、モード・ル・プラデック、ヨアン・ブルジョワ、ラドゥアンヌ・エル・マデブ、ボリス・シャルマッツなど、若手の注目株が続く。無料送迎バス(要予約)もあるので安心して行けるのがいい。
http://www.alabriqueterie.com/fr/biennale-de-danse/agenda-biennale.html

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